映画の地球 音楽の気流 そして書籍の宇宙

智慧の水球に揺蕩うように生きてきたわが半生。そろそろ御礼奉公の年齢となったようで・・・。玉石混淆、13年の日本不在のあいだに誉れ高きJAPONへの憧憬を募らせた精神生活の火照りあり。

映画の地球 ドキュメント映画『ニュルンベルク裁判 人民の裁き』 ロマン・カルメン監督

ドキュメント映画『ニュルンベルク裁判 人民の裁き』 ロマン・カルメン監督

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 今年、まだ寒い時期だったがNHKで数回に分けたドラマ「東京裁判」(表題失念)があった。裁判に関わった各国の検事たちの人間ドラマで、興味深く視聴した。検事たちが当時、宿泊、また資料整理や執筆活動のベースとした旧帝国ホテル、現在、愛知県犬山の明治村に移築保存されているライトの設計になる関東大震災でもびくともしなかった建物だが、同ホテルでの各検事たちの駆け引き、暗闘も語られるなどなかなか見応えのあるドラマであった。
 東京裁判はむろん、ニュルンベルク裁判を模倣・踏襲している。
 国際的にそれまで前例のなかった、敗戦国の指導者たちを裁判にかけるという事例をつくることになった両裁判だが、当初、米国などは反対していた。しかし、英国のチャーチル 首相が、ドイツのユダヤ民族に対するジェノサイドなどの「犯罪行為の懲罰は、今や戦争目的の一つ」であるの発言受け、ソ連も同調、やがて連合国の総意となり開廷根拠ともなってゆく。つまり、両裁判とも戦争行為の持続、と連合国自身が認めているのだ。とすれば、もとより、そこに裁判の公正などはあるわけがない。「戦争」は勝たなければならないのだが、裁判でも〝無条件降伏〟を強いる。東京裁判でインド代表の首席検事が裁判そのものに疑義を表しつづけ、公判中に大部の批判文書(一部邦訳されている)を書いたことは忘却できない。
 本作は無論、ソ連の立場から裁判の推移を俯瞰した内容だ。ソ連の映画スタッフは最初から記録映画を制作するという姿勢から裁判前から、資料作成に奮闘するスタッフたちの様子、記録文書、映像記録の発掘などを丁重に取材していた。裁 判でソ連検事たちの活動ぶりが目立つのは当然のことだが、本作を通じて、ふだん、いわゆるナチ物映画などで繰り返し描かれるヒトラーはじめ、ゲッペルス宣伝相、ヒムラーSS長官といった重鎮たちは自殺して裁判には登場しないが、ゲーリング元帥、ヘス・ナチ党総統代理、ヨードル国防軍最高司令部作戦部長といった指導者たち、加えて企業経営者、銀行家なども被告と登場する。そうした被告たちがナチ物映画ではほとんど登場しない。
 しかし、本作の真の意図は裁判を描いて、裁判にはない。裁判で明らかにされたナチズムの犯罪、それに関わったドイツ人たちはいま西ドイツで、このように復権し、ファシズムの温床となりつつある、とニュース映像を後半部で畳み掛ける。そして、そうした厚顔無恥な西ドイツに対して、ソ連と協働する東ヨーロッパ諸国では、すでにファシズムと不退転の覚悟で戦う人民 政府が生まれている、と喧伝するのだ。そこに映画の意図があることは確かだ。
 ニュルンベルク裁判にソ連政府は当初、ドイツからもぎ取ったバルト三国の代表を出席させようとして、英国などに拒否されている。裁判前からすでに「冷戦」の暗闘があった。そういうことを知らしめてくれる貴重な記録映像である。62分と短尺の作品でありながら重厚感があり、それなりの疲労感が生じるのは、ソ連当局が独自に撮影した貴重な映像、捕獲した記録映像・写真などが随所に挿入されたリアリティの重さによる効果だろうし、当時、東欧諸国で急速に進められているソ連圏の再編というドラマが裁判の背景にあることを知るからだろう。この頃、同時にソ連圏に繰り込まれ国境が封鎖される前に西側へ脱出しようという人の群れ、難民 たちの苦難の逃避行が始まっていた。チャーチルがいうように裁判が戦争行為の延長というなら、難民の群れもまた、その犠牲者たちだろう。

映画の地球 バレエと映画 7 これから公開 『ポリーナ、私を踊る』

映画『ポリーナ、私を踊る』 

   ヴァレリーミュラー&アンジュラン・プジョカージュ監督f:id:cafelatina:20171008211037j:plain

 業界内発言になるような気がするが、あえて本作がバレエ映画として大変良くできている作品だし、多くの人に観てもらいたいので少々、苦言を頭にふっておく。通勤・通学前に雨を少々、降らして、家を出る頃には薄日、目的地に到達頃には晴天させたい、と思う。
 ジョージア(グルジア)人でクラシックダンサーとしての才能を見出されボリショイ・バレエ団に入団できた才能と主人公が設定されているわけだから、少しバレエ事情に詳しい日本人なら誰だってニーナ・アナニアシヴィリを思い出す。現在、第一線を退きジョージアの国立バレエ団の総監督職にあると思うが、ボリショイ時代のプリマとして一世を風靡し、日本での公演を重ねたコーカサス地方を代表するニーナのファンはいまも健在だ。そのニーナを、たとえば、「ニーナ・アナニアシヴィリを思わす新星の登場」とか、映画の主人公ポリーナを重ねて宣伝すれば、販路が拡大するに違いないからだ。ちなみに、かくゆう筆者もニーナのファンである。いまもボリショイで『ドン・キフォーテ』でキトリを舞った清新、華麗な印象は建材だ。<
 
 さて本題。踊れて演技できる才能がほんとうに出てきた、と思った。その意味ではロシアには眠れる豊かな才能の鉱脈が存在していることが実感できる。その才能とは、本作でジョージア人の父とシベリア出身の母、モスクワに在住していれば貧しい労働者階級の典型となるが、その間に生まれたポリーナ。父親がヤバい仕事にも手を出し、ギャングの使い走りに脅かされているような家庭だ。そんなすさんだ生活、ポリーナもバレエのレッスンを休んで母の仕事を手伝うこともある。そんな辛酸をなめながらも自己実現に向けて走る、そんなサクセスストーリー。そのポリーナを演じたアナスタシア・シェフツォワが素晴らしい。その名の通り、アナスタシアはロシア人である。数千人のオーデションから選ばれたという才能というに偽りはない。サクトペテルブルグの名門マリンスキー劇場に所属するダンサーであった。しかし、スターではなかっ た。いわば難関のマリンスキーに入団できたが、こんごどうなるか分からないという時点で本作の主役を獲得した。まるで、劇中のポリーナと重なる。難関のボリショイには入団できたが将来が保障されているわけではない、という立ち位置だから。 <
 ソ連邦時代のバレエ界であれば才能が認められればデビュー前からかなり優遇される。かつてニーナも、フェギアスケートの選手より、クラシックバレエに適性があると見いだされボリショイに入団できた才能だった。そういうシステムがかつてあったが、現在、ボリショイがジョージアの少女から才能を早期発見するというシステムは崩壊している。
 市場経済下におかれた現在のロシア・バレエ界というのも本筋ではないが良く描かれている。そんなポリーナがボリショイを捨て、フランスに赴く。金のためだ。そういう思いに至らせるのも両親の経済的苦境を肌でしるからだ。その辺りも少々、紋切型だがよく描かれている。
 しかし、フランスやベルギーでダンサーとして働こうとするが現実は生易しくはない。生活苦からバアのウェイトレスとして働くことも余儀なくされる。そんなある日、あたらしいダンスを創造しようというコンテンポラリーダンサーたちの練習光景を目にし、誘われるまま、感性にうながされるままに踊る。クラシックバレエで長年、鍛えられた優美さと気品、そして身体能力の高さは、その場の若者たちを圧倒する存在感をみせる。やがて、自分で振付け、ステージへ。といったよくあるパターンだが、クラシックバレエもきちんとこなせて、かつコンテポラリーも遜色なく踊れる、かつ内に激しさを秘め、外見は気品さを失わないという難役をこなした新人アナスタシアに拍手を送りたい。<
 本物のクラシックバレエを魅せて演技もできる主人公をこなした、ということではロシアからニューヨークに亡命したミハイル・バリシニコフがいるが、女性となると、映画で主役を張れ、演技力も遜色ない、という存在はモルダビアの監督エミリー・ロチャーヌが1984年、英国の資金を得て制作した『アンナ・パブロワ』で主人公を演じたガリ―ナ・ベリャーエワぐらいしか知らない。マイヤ・プリセツスカヤの自伝のなかで映画に出たことが記されているが、映画として3級品であったのかソ連の外にはでなかったようだ。伝説のプリマを演じたベリャーエワのその後の活動はまったくわからない。ソ連バレエ界にあっては飛躍はなかったのだろう、女優としても。その意味では、新しい才能アナスタシア には大いに奮闘していただきたい。
 本作の成功で周りはほっておかないだろうが、御本人は映画を通してコレオグラファーの魅力に惹かれたと言っているので、こんごスクリーンで彼女を観られるかどうか少々、不安で ある。
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 フランスに飛んだポリーヌがまず最初にドアを叩くバレエ団のコレオグラファー役をジュリエット・ピノシュが演じているのだが、そのレッスンの場で自ら、「こんなふうに表現して」と舞うシーンがある。それが実に自然で説得力がある。実際にステージで踊っていることを知り、名女優として押しも押されぬ存在であるピノシュが自己表現の拡張を目指し、バレエに挑戦していることに敬服した。
 また本作を、振付が生業のアンジュラン・プレルジョカージュと、ドキュメンタリー畑から出てきたヴァレリー・ミューラーの共同で監督を務めている。バレエ映画においてはバレエの華が劇中、散りばめられてこそ魅力がなある。その華を惹きだすにはバレエに精通した演出家が必要だ。演技シーンとダンスシーンとの融合はなかなか至難なのだ。それに成功しているのは、目指す方向を共有した二人の監督の力だろう。<
 かつて、バリシニコフを擁して成功した『愛と喝采の日々』を監督したハーバード・ロスが同作で成功したのも、ロス自身がアメリカン・バレエ・シアターでダンサー、振付師であった経歴がモノをいっている。
 しかし、つくづく思う。クラックバレエを介在させて一級の映画を作ろうとする限り、いまも昔もロシア人、あるいはロシア出身の才能を借りないとできないという事実である。ロシアバレエの底力は抜きんでいている。ロシア文学の普遍性が革命期に著しく損なわれた現在、ロシア文化最大の輸出産物はバレエであるだろう。
 ▼『ポリーヌ、私を踊る』 10月後半、東京地区、先行ロードショー。
 

映画の地球 バレエと映画 6 映画「ホライズン」  アイリーン・ホーファー監督

映画「ホライズン」  アイリーン・ホーファー監督
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 生きて伝説となる、という賛辞があるが、それに価するほどの超人的な「人間」はめったにいやしない。
 テレビや映画、スポーツ界での抜きん出た才能というのはあるけれど、安易にレジェンド=伝説と冠されると鼻白む。最近、安手のレジェンドが多すぎる。
 アリシアアロンソキューバが生んだ不世出(という献辞もある)のバレリーナ。彼女のような巨(おおき)な才能、その努力と献身も含めて“生きて伝説”の体現者というのだろう。本作は、96歳の現在、すでに視力を失いながらもキューバ国立バレエ団の芸術監督という要職にあるアロンソの来歴を描きつつ、現在の同バレエ団のプリマ、ヴィエングセイ・ヴァ<ルデスの日々の研鑽、そして、同バレエ団所属のバレエ学校の通う14歳の少女アマンダの生活を追う、三人の日々の交錯をバレエを通して描いたのが本作だ。三世代それぞれのバレエへ賭ける思いを通しながらバレエ芸術の永遠性を象徴するのだが、監督の意図はアロンソの影響力の大きさに比重が置かれているように思う。
 20世紀後半のバレエの世界に「亡命」というキーワードがある。それはバレエ大国であるという誇りと不遜を両立させていたソ連邦ロシアに生じた。はなやかなバレエの至芸を外交儀礼の一場に活用しながら、それに相応した処遇を舞踊家たちに与えず、才能を浪費させ、うわまえをハネ、そして自由を奪いつづけた。パリに逃れたルドルフ・ヌレエフ、ニューヨークに自由を求めたミハイル・バリシニコフの亡命譚はそのまま映画の素材となる劇的なものだが、彼らほど高名ではないにせよ、ロシア革命前後に亡命した舞踊家、振付師、舞踊指導者たちは実に多い。日本にバレエの種を蒔いたエリアナ・パブロワもまた革命を逃れた才能であった。
 何故、こんなことを書かといえば、アロンソの履歴は母国キューバに革命政権が樹立した後に本格的にはじまったと思うからだ。
 革命の成功はアロンソ39歳のときである。凡庸な才能なら引退するか一線を退く覚悟を強いられる年齢となる。現にアロンソハバナにあって自身のバレエ団を設立、後進の指導に力を入れはじめていた。このバレエ団が革命後、国立バレエ団となり今日まで持続する土壌つくりとなった。そのホームベースはハバナ旧市街に建つスペイン・ネオバロック調のガルシア・ロルカ劇場(現在、改名されアリシアアロンソ劇場)。
 10年ほど前、当時、劇場の舞台袖奥、中二階とも中三階とも、なんとも形容しかねる位置に仮説された国立フラメンコ舞踊団事務所で広報担当者にインタビューしたことがある。現在はハバナの重要な観光資源としてリノベーションされたようだが10年前はそんな感じだった。劇場の老朽感は覆うべくもなかった。アロンソはそんな劇場のなかで70歳を超えて踊りつづけていた。
 映画のなかでアロンソフィデル・カストロの同志として繰り返し写される。アロンソは革命政権に全幅の信頼をおいている。それは疑いないものだ。そのあたりはソ連邦ロシアのプリンシパルたちとは決定的に違うところだ。
 そして、アロンソの功績を認めつつも率直に思うのだが、彼女の存在は後進たちが目指す高見であると同時に、重圧となっているのでないか。視力を失ったアロンソが『コッペリア』の練習に励むヴァルデスに対して繰り返しダメ押しをつづける光景が描かれる。そこでヴァルデスが反撥し、自分のやり方で表現したいと思っても、アロンソの名に気圧され沈黙を強いられているように思えた。そうした光景は、“老害”とさえ思える。いかに偉大な人間でも引き際があるはずだ。日本には万節を汚さず、という言葉があるが……。  
*11月12日より東京都写真美術館ホール他で公開。 2016 

映画の地球 バレエと映画 5 『マイコ ふたたびの白鳥』 『ロパートキナ 孤高の白鳥』

二つの注目すべきバレエ映画 来春、相次いで公開
 『ロパートキナ 孤高の白鳥』『マイコ ふたたびの白鳥』

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 2作とも「白鳥」がサブタイトルに飛翔している。しかし、ロパートキナサン=サーンスの「瀕死の白鳥」、マイコはチャイコフスキーマリウス・プティパ白鳥の湖」。ともに女性監督による現役、プリンシパルを主人公としたドキュメントだ。
 バレエのドキュメント映画を批評するのはむずかしい。というより矛盾を抱えている。評者はどうしても知名度の高いバレリーナに注目してしまうし、バレエファンならなお更だ。また、興行的にも知名度の高い主人公を据えた映画はよりキャパシティのある劇場で公開されるのは必然で、宣伝に経費をかけるから試写の回数も必然、多くなり批評家の目に触れやすくなる。 
 しかし、映画批評としてみればプリンシパルとしての技量は等閑視される。否、しなければならない。映画批評においてはプリンシパルギャランティーは関係ない。たとえ、「瀕死の白鳥」をバレエの至宝と育てたアンナ・パブロワを描こうが、同時代のニジンスキーを描こうが、映画として駄作なら批判は受けるのである。たとえスクリーンで至高の美を捉えたとしても、それは映画の完成度に貢献する1パーツでしかない。
 その意味では、70分という短尺の『マイコ』(オセ・スペンハイム・ドリブネス監督)は評価される。マイコとは大阪出身のプリマ・西野麻衣子。現在、ノルウェー国立バレエ団に所属する。以前、ドキュメント映画『バレエ・ボーイズ』を取り上げたことがあったが、舞台は同じバレエ団だ。ノルウェー映画である。その意味でも興味深かった。
 西野さんは15歳で英国ロイヤルバレエスクールに留学。1999年にノルウェーのバレエ団に入団し、その6年後、東洋人初のプリンシパルに抜擢された努力家だ。
 172cm、日本人バレリーナとしては長身。日本国内でより欧米で活躍できる逸材だった。彼女が英国に留学する経費は両親が自宅や車を売って捻出された、といった逸話なども紹介される。彼女はそんな両親の献身にこたえるべく不退転の決意で練習に励んだ努力の人として紹介される。彼女をとりまくいくつかの挿話を織り込みながら主題は、プリンシパルの座を自ら降りる危機、しかし、ひとりの女性にとっては至福の瞬間、まさにターニングポイントを迎えた西野さんを描く。

 以前、米国映画、バリシニコフも出演した『愛と喝采の日々』を紹介したことがあった。
 女性バレリーナの恋、結婚、そして出産をあきらめて名声をほしいままにしたプリンシパルと、結婚・出産を機に自ら栄光の階段を降りたバレリーナ、そのふたりの友情と相克、そして和解を描いた作品だった。そういうことはバレエ外史として世界各地で起きていることだろう。しかし、ドラマとして描かれることはあっても、実録として記録された映画『マイコ』は貴重な作品になった。むろん、彼女が現役のプリンシパルとして、その芸術をまず披露できる、見映えする映像が撮れたという点がクリアされているからこそ映画は迫真のドラマになった。
 プリンシパルの年間スケジュールはほぼ前年に決まる。その決定に沿って共演者の配役なども決まっていき、公演にそなえて綿密な練習スケジュールも立てられる。まさに、そうした時期、劇場の公演日程が印刷された時期、西野さんは妊娠する。伴侶はノルウェー人。
 バレリーナとして長いブランクが生じる。妊娠・出産によって肉体のバランスも崩れ、筋力も落ちる。それを妊娠前の状態に戻すのは至難の業なのだ。だから、出産を機に引退するバレリーナが多くなる。
 カメラは、そんな西野さんに寄り添いながら、同情めいた質問など無用と追いつづける。ときに冷徹と思えるほどカメラは辛らつに西野さんの焦燥すら描き出す。ながれる汗、荒い吐息、苦痛・・・練習、肉体のケア、練習、また練習。映画では明示されていないがゲネプロを数日後に控えた某日という段階でも失敗してしまう、あの黒鳥姫オディールの32回のグランフィッテで。しかし、本番では見事に魅せる。映画はちゃんと最後に見せ場を用意をしてあった。それは、長い両手がしなやかに舞う見事な舞いであった。
 バレエ団は西野さんの代役も用意していた。その代役の動きを注視する西野さんのお腹は膨らんでいた。そんなシーンも捉えている。そこに余計な言葉も入らず、稽古場の熱気だけがBGMとなっていた。
 西野さんは幸福な人だ。まだ開花にほど遠い娘の才能と意思の強さだけを信じ、惜しみなく援助を与えつづけた家族、そして“主夫”の座もいとわない旦那さんにも恵まれて。しかし、彼女もそう長くはバレエ団の主座に君臨してはいられないだろう。そう遠くない将来、プリンシパルの座をみずから明け渡すことになるだろう。それが残酷な宿命だ。だからバレエは美しい。散りゆくの花のいっときの華を鑑賞するばかりなのだから。
 『ロパートキナ』(マレーネ・イヨネスコ監督)について語る余白はなくなった。ポスターのコスチュームは「瀕死の白鳥」のもの。制作、営業サイドはロシア、マリインスキー・バレエプリンシパルを「白鳥」に象徴させたようだが、映画ではウリヤーナ・ロパートキナは静かな語りながら、日本でというより、ロシア以外では定番とはなっていない『愛の伝説』への執着を繰り返す。その熱意につられたように映画の冒頭と最後は1961年、マリインスキーの前身キーロフ劇場時代に初演された同作を舞うロパートキナを映し出す。彼女が語っているわけではないが、おそらくパブロアによって完成された『瀕死の白鳥』のように、〈私自身は『愛の伝説』を古典として完成させた〉という思いがあるのだろう。
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 映画はいままで外国人の映画クルーの侵入を拒んできたキーロフ=マリインスキー劇場がはじめて受け入れたということでも注目されている。今年上半期にモスクワ・ボリショイ劇場に外国人としははじめて英国人映画クールが入って話題となった映画が公開されたが、『ロパートキナ』はフランス人クルーによって制作された。
 おそらく近年の原油価格の下落で経済的に苦境にあるロシアの現状をみれば、公的援助はかなり厳しくなっているのだと思う。背に腹はかえられないと、どういう名目化はわからないがカメラを入れる代償として、マリインスキー、ボリショイは多額の金を受け取っているはずだ。それが現実だ。ソ連邦が崩壊したときおおきな打撃を受けた両劇場だったが持ちこたえた。政治的な危機を乗り越えて、いままた経済危機にあるとも思える。

映画の地球 バレエと映画 4 『バレエボーイズ』『ボリショイ・バビロン』

映画の地球 バレエと映画 4 

 『バレエボーイズ』『ボリショイ・バビロン』

 

 華やかに気品をそなえ、激しい跳梁と美しい静止の連鎖に満ちたバレエを映像があますことなく追い表現できる技術が完成して以降、多くの映画が生まれた。そして、この分野の映画はまだまだ欧米偏重である。日本にダンス映画はあっても本格的なバレエ映画は生まれていない。伝統の力の差だろうが、といって日本のバレエ界が貧困というわけではない。むしろ、豊潤といっていいぐらいだ。邦楽の舞踊世界にそれは劣らないが、それはまたの機会として、最近、つづけて観た2本のバレエ映画を紹介しておきたい。

 すでに公開がはじまった『バレエボーイズ』は少年たちがバレエを通して成長する姿を描いたドキュメント。バレエ界では辺境ともいえるノルウェーから届いた佳作だ。
バレエボーイズ
 少年を主人公にしたバレエ主題の傑作は英国が先行した。サッチャー政権下、エネルギー政策の転換で多くの炭鉱が閉山した。その時代、炭鉱離職者問題は英国では大きな社会問題となった。映画『リトルダンサー』は職を失った炭鉱労働者を父にもつ少年が、父が期待するボクサーの道を外れ、しなやかな意志でバレエを学びはじめる話。社会性とバレエが見事に融合した作品だった。その少年はやがて名門ロンドン・ロイヤルバレエのプリンシパルとなる。
 『バレエボーイ』の3人の少年たちも名門からの声が掛かることを期待して13歳から16歳までを練習に励む日々をつづり、一人だけロイヤルバレエから声が掛かる。それまでの努力と研鑽の日々に容赦なく甲乙つけられてしまう世界。名門から声が掛かってもデビューを意味するわけではない。少年たちの成長物語のなかにバレエ、否、自己実現へ向けた途上、刻苦を冷徹にみつめた秀作だ。

 大戦後、バレエを革新的に牽引しているのは圧倒的に男性舞手たちだ。シルヴィ・ギエムや、賛美者と批判者の声高いゆえに革新的といえるピナ・パウシゥの振り付けなどの活動は特筆すべきとしても、やはり男性舞手たちを先導者とすべきだろう。

 しかし、伝統的なロシア・バレエはやはり女性舞手にスポット浴びせる。といってロシアからはヌレエフ、バリシニコフはじめ多くのロシア男性舞手が西側に流出、亡命して大きな仕事をパリやニューヨークで行なった。
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『ボリショイ・バビロン』。いうまでもなくモスクワの中心に建つロシア・バレエの殿堂、そのボリショイで2年前、芸術監督が覆面の男に硫酸を掛けらるという事件が起きた。恋人を主役にしてもらえかった腹いせに犯行に及んだ、と言われた。事件は世界中に流れ、筆者も日本の新聞で読んだ。映画はその事件の真相を英国の映画陣が取材するという手法で舞台裏からボリショイを描いた貴重なフィルムだ。
 当時、筆者が贔屓にしていたニーナ・アナニアシヴィリはすでに後景に退いていた。彼女のデビュー期、ボリショイで『ドン・キフォーテ』でその清楚な華やぎに魅せられている。
 ファッション界を俗に「綺麗な女たちの醜い世界」というが、バレエもまた裏にまわれば優雅さを覆う醜悪な世界ともいえる過酷さがある。しかし、その舞台の袖から眺める、いや、記録上、カメラが捉えたステージはやはり完璧な美に満ちている。断片的に撮られた舞台袖からのアングルで捉えた鋭角的なステージすら絵になってしまう。それがボリショイの力だと今更ながらに驚嘆する。
 ロシアは秋がいちばん美しい季節。“黄金の九月”という。そろそろボリショイの新しいシーズンがはじまる。その時期にあわせて公開される映画だ。
 
 

映画の地球 バレエと映画 3 映画『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』ヴィム・ヴェンダース監督

映画『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』ヴィム・ヴェンダース監督

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 ヴェンダース監督は同時代のすぐれた創造者に対する畏敬の念が強い。
 監督自身も映像を手がかりに20世紀後期から現在進行形で「現在」を鋭敏に批評してきた時代の一大個性である。
 独自の世界観を映像として提出できる卓抜な技術と、それを支えるゆたかな感性は世界各地に信奉者をうんだ。そういう屹立する個性だ。
 優れた個性とは、自分になしえない仕事を尊重する謙虚さを同胎させている。ヴェンダース監督は、自らの手練になじまない表現手段で「現在」を語る才能を見出したとき、率直に畏敬してはばからない。しかし、それを見つめる視線はやさしいが。映像のなかに形象化するときの視覚は厳しく、その都度、手法を換えてきた。
 スペインのカルロス・サウラ監督はフランメンコとタンゴ、マーチン・スコセッシ監督はロックとR&Bを時代の生命力として賛美しつづける。ふたりは母語の言語圏内で最良の仕事をしているが、ヴェンダースは国境を超え、言語の壁を透り抜けドラマを創ってきた。『リスボン物語』を撮りファドを町に徘徊させ、『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』でキューバの老音楽家たちの生活
を語り、音楽を通して質朴な人間の喜びを語りつくした。 
 ピナ・バウシュはドイツが生んだ20世紀後期を代表する振付家、というより舞踊と演劇の垣根を取り去って、あたらしい舞台芸術を創造した才能いえるだろうか。ダンサーには象徴的な演技力が求められる。音楽に乗っていてもダンサーは言葉を発しない。鍛えられた身体で五感を放つ。ピナはそこに20世紀後期を生きるあたらし話法を加えっていった。
 テーマは愛、そして孤独だろう。ピナの舞踊をみていると、モーツァルトの美しく軽やかな音楽の底に潜んでいる孤独、寂寥の気配、あるいは諦観といったものまで感じてしまう。そこには単純な愉悦や高揚といったものはない。観る者の肺腑を抉るような痛苦まで感じさせる激しい批評性が秘められている。監督は、そんなピナの批評性を映像の力で瞬間芸術を定着させた。
 一地方都市の舞踊団に過ぎなかったヴァパタールを世界でもっとも刺激的なモダン・バレエ集団と育てたピナ、その活動はドイツを中心に拡張していった。その道のりのなかで国籍に囚われることなく個性的な才能を国境を超えて取り込み充実させた。
 団員たちのモノローグが随所に挿入されているが、すべてダンサーたちの母語で語られる。ヴェンダースはピナの個性を描きながら、彼女の才能にあこがれて入団した多国籍のダンサーたちを育んだ母国の文化である言語で語らせることによって映画は国境を溶解させる。すぐれた芸術表現の前に国境は不在となるという監督の密かなテーゼはこの新作でもいきてる。
 本作は3D映画ということでも話題を集めるだろう。
 ハリウッドの娯楽映画『アバター』の見世物的要素の濃い作品では3Dは確かに雄弁な効果を上げることは確かだけど、舞踊映画でもかくも雄弁な効果を上げることを証明した作品として、本作は映画史上にまちがいなく遺こる。しかし、ピナは本作の完成をみずに他界した。遺作となった。
 瞬間と空間の芸術である舞踊は同時体験者としての観客の数は限られる。万人が平等に感受できる芸ではない。それが音楽や文学、複製できる芸術との徹底的な差異であり宿命である。そこに複製芸術としての映画の効用、出番がある。  ヴェンダースはそれを第一義に目指したのだろう。3Dの効用を計量した後、ピナの才能を通し、娯楽映画に傾斜していた3Dを芸術表現の領域まで高めた。
 臨場感ということなら、いわゆるかぶりつき、相撲でいえば砂かぶりの特等席を与えてくれた。汗を飛ばし飛翔するダンサーは3Dの空間を飛翔する。懊悩し、突き出された両腕は観客の目の前をよぎる。
 野心的な秀作である。 

映画の地球 バレエと映画 2 バリシニコフ主演のバレエ映画『ホワイトナイツ』

バリシニコフ主演のバレエ映画の秀作『ホワイトナイツ』
そして、ヴィソツキーの歌 
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 舞踊を主題にした映画を観る批評の視点はひとつしかない。クラシックであろうがモダンであろうが、フラメンコでも日本舞踊も同じ、インド舞踊もしかり……。描かれる舞踊が借り衣装のままか、釣り紐がいくども肌の色に染められているかどうかの違いだ。
 その意味では先に批評した映画『ブラックスワン』は駄作である。その理由は「バレエと映画1」を読んでもらえば了解できるだろう。その批評のなかで少し触れたミハイル・バリシニコフ主演の映画『ホワイトナイツ』を約30年ぶりに見直した。1985年の制作で翌年、日本で公開されているのでスクリーンで観ている。その時に感心したことが、それほど退色せずに印象された。
 ソ連解体までまだ5年以上の歳月がある時点で制作されている。初見の印象は「そうとう意図的な反ソ映画」というものだったし、そう今まで記憶されていた。当時、ソ連では“禁じられた歌”であったヴィソツキーの歌でバリシニコフは振付けしている。これでバリシニコフはソ連共産党独裁という政治形態を崩さない限り永遠に生れ故郷には戻れないだろうと思った。その意味ではバリシニコフ覚悟の映画である。
 ちなみにバリシニコフはバルト三国のひとつでソ連解体後、いち早く独立宣言をした国のひとつラトビア共和国の出身だ。ラトビア、そしてリトアニアエストニアバルト三国はいち早くFIFA(国際サッカー連盟)に加盟するなどいち早くクレムリンの支配から逃れた。公用語としてロシア語を押し付けられながらも、けっして民俗伝統を捨てずに世代を超えて遺贈していったラトビア及びバルト三国、その地から出た亡命者バリシニコフのアイディティティを想う。
 バリシニコフは本作の前、77年に『愛と喝采の日々』でダンサー役としてベッドシーンもある俳優としてスクリーン・デビューしている。この映画もバレエ映画の秀作だ。『ブラックスワン』もそうだが、何故か女性を主人公にしたバレエ映画はクラシック・バレエに偏重する傾向があり、男性を主人公にすえると創作舞踊に傾斜する傾向がある。古典が女性美追求の要素が強いため、映画で男性ダンサーの内面を表象化するには駒が少なく必然的に創作される傾向が強いようだ。
『ホワイトナイツ』は冷戦時代の産物だ。政治亡命を主題としているドラマにおけるバレエだから古典から範を求めることはできずに創作モノに語らせることになった。また、助演のグレゴリー・ハインズがタップダンスの名手であり、ダンサーから俳優に転身した才能であってみれば、ハインズの魅力も引き出すためにもバリシニコフの豊かな創造性はあたらしい表現を求めずにはいられなかった。
ハインズが“ニグロ”としてのおいたちをタップダンスで語るシーンは秀逸だ。そして、彼がいまはシベリアの寒村でしがない“旅芸人”として踊っているのは、米国軍から脱走してソ連邦に脱走したためである。

 世界的なダンサー役として登場するバリシニコフは、亡命後の公演旅行の途上、欧州から東京へ向かう旅客機がシベリア上空でエンジン・トラブルを起こす。飛行機はシベリアソ連空軍の秘密基地に緊急着陸する。そして、バリシニコフ役のダンサーは“政治犯”として囚われの身になってしまう。そのバリシニコフとハインズがふたたび西側へ脱出するというドラマである。
 立て筋が「政治」の重さと緊張でしまっており、その枝葉の部分でバリシニコフとハインズのダンスが適宜、それも取ってつけたようなところもなく流露するのは演出・演技の見事な呼応だろう。
 しかし、本作を観終わった後、筆者がいちばん望んだのはヴィソツキーの歌だった。バリシニコフはソ連邦解体の歴史的瞬間をみたが、ヴォィソツキーはそれを知らずに夭折した。けれど、彼の野太い自作の歌はいまも真実の自由を希求するロシア市民の胸のなかに生きているはずだ。いま、ロシアではプーチン“独裁”を打倒するため街頭に出てきた市民が何十万もいる。そんな市民たちの胸に怒りの火を点火したのはヴィソツキーの魂だと思う。バリシニコフが還れないロシアのかぼそい自由の窓から届けられたヴィソツキーの歌で踊ろうと思った心根に通底するものだ。