映画の地球 音楽の気流 そして書籍の宇宙

智慧の水球に揺蕩うように生きてきたわが半生。そろそろ御礼奉公の年齢となったようで・・・。玉石混淆、13年の日本不在のあいだに誉れ高きJAPONへの憧憬を募らせた精神生活の火照りあり。

映画の地球 朝鮮戦争を描く 1 イ・ジェハン監督『戦火の中へ』学徒兵たちの身を張った籠城戦

朝鮮戦争を描く 1

  イ・ジェハン監督『戦火の中へ』

     学徒兵たちの身を張った籠城戦

f:id:cafelatina:20170922200456j:plain 朝鮮半島の全域がほぼ戦場となった朝鮮戦争を描いた映画は、国連軍の中核であった米国軍兵士の視点から撮られたハリウッド作品からはじまり、やがて韓国、北朝鮮で制作されるようになった。

 けれど韓国映画(北朝鮮は論外のプロバカンダ)で国外に出ていける質を備えた作品は1990年代以降、韓国映画の隆盛まで待たなければならなかった。
 3年に及んだ戦争であったから、多くの数知れない悲劇、そして英雄譚が語られることになるのは当然だろう。われわれ日本人に、戦後復興を促した〈漁夫の利〉ともいえる戦需景気の恩恵をうけたことは確かだが、はたして朝鮮戦争の諸相にどれだけ注視した人があっただろうか・・・。それは本当に心もとないものであったはずだ。否、当時の日本人はまだ敗戦の痛撃のなかで生きるのに精いっぱいの状況であったから隣国の戦争とはいえ、ただただ望見するしかなかっただろうし、報道もGHQに検閲を受けているなかでは実相を知るには限界があった。
 90年代以降、韓国で陸続と制作されはじめた朝鮮戦争物映画によって、われわれはあらためて半島の戦禍の在りよう、その一端に触れはじめたのだった。それが映画的に脚色され、興行的にデフォルメがあるにせよ、「戦争」を韓国人がどのように認識し、回顧しているものと各層の断片なりをはじめて知るようになった。それは素直に貴重な体験であった。本作もそうした体験を蓄積を与える一編であった。
 冒頭、壮絶な市街戦、白兵戦からはじまるが、そのクオリティーの高さはなかなかのものだ。日本映画でこれだけの市街戦を描ける映画人はいないだろう。これだけで引き込まれる。そして、この戦闘シーンのなかで軍属的な補助兵士として銃弾運びなどに使役していた学生オ・ジャンポム(チェ・スンヒョン)が否応なく、自らを守るためにも兵士にならざるえない状況というものが、映像は畳み掛けるように観る者を説得するのだ。このあたりの運びはテンポもリズムも素晴らしい。
 
 物語は北朝鮮人民軍が破竹の勢いで南進を進め、韓国軍はいまやプサンまで後退させられているという状況のなかで起きた韓国学徒兵約70人の死闘を描いたものだ。女子中学校に立てこもり怒濤のように押し寄せてくる人民軍を、迎討つ戦争映画で、学徒兵たちはほぼ全滅する。皆殺しとなることが明々白々な戦いを強いられる・・・と映画の序章ではっきり示されているわけだから、短い休息の時間に無理なく学徒兵個々の、まだ人生をはじめたばかりのささやかな来歴がささやかに語られる。それがささやかであればあるほど悲劇性は増す。
 実録物としてみれば、そうとう脚色されていることは分かってしまうけど、その戦闘そのものが事実であったという重みがそれを許容する。
 心もとない〈戦力〉でしかない学徒兵たちをまとめる役を、一度、市街戦の弾雨のなかに身を晒したという体験だけで急きょ中隊長として任命されるオ・ジャンポム役をKポップスでスターらしい通称T・P・Oことチェ・スンヒョンの演技がなかなかいい。筆者にとってT・P・Oもチェ・スンヒョンも初見である。
 元々、まじめで控えめな性格であった学生が戦火のなかで急速に成長し、そして英雄的な死を迎えるという話はいかにもの流れだが、モデルがあったと強調されれば、そうかと首肯するしかない。
 元来、韓国映画、特に現代モノ、あるいは李朝期の宮廷モノにほとんど感心したことのない私だが、朝鮮戦争モノだけは、どこかで襟を正してみたいと思っている。筆者の父母が結婚して間もない時期の戦争ではあるが、日本の復興が朝鮮民族の大きな犠牲による戦争特需によって今日の繁栄につながる礎が築かれたという事実を鑑みれば、やはり感情移入してみようという気になる。
 本作でもっともリアリティが欠くと思えたのは学徒兵たちを攻撃する人民軍の隊長だろう。政治局との対立、学徒兵への共感、銃弾
飛び交うなかで平然と闊歩するかのような著しくリアリティを欠く役柄にはすこぶる違和感を覚えた。本編のなかの異分子としか思えかった。こういう存在を設定するのは韓国で受けるのかも知れないが、海外でのまっとうな批評家はそれを排するだろう。
▽2010年制作・121分。

映画の地球 非愛国的な米国映画『バトル・オブ・ノルマンディー』 ティノ・ストラックマン監督

映画の地球
 非愛国的な米国映画『バトル・オブ・ノルマンディー』 ティノ・ストラックマン監督

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 表題のごとく米国を主力とする連合軍が敵前上陸を慣行したノルマンディ上陸作戦を主題とした映画。が、上陸に応戦するドイツ軍一大尉の視線から撮られたものだ。とテーマ的には興味津々だが明らかに予算不足が露呈し、リアリティを著しく欠く。B級戦争アクション映画に過ぎない。
 ただ、これを米国の映画人が敢えて制作した意図はなんだろう、とふと思って寸評したくなった。
 映画はロシア戦線における白兵戦からはじまる。反転攻勢に出たソ連軍はタイガー戦車を主力とする機動部隊の攻勢によって、ドイツ軍はジリジリと後退を余儀なくされてい た1944年春からはじまる。つまり、当時のドイツ軍はロシア戦線で苦戦つづきで本来、ノルマンディの防御線に補充すべき武器弾薬もロシア戦線に投入され、経験豊富な兵士たちもロシアに送り込まれることが多かったと暗示される。ノルマンディの防衛戦線はドイツ軍が当初、想定していた防衛能力が著しく損なわれ、かつ連合軍のかく乱作戦によって、連合軍の上陸はカレー海岸かもしれないという恐れから、兵力も分散されていた。さらに、ドイツ軍守備兵の主力はドイツ本国出身の優秀な兵士ではなく、占領したポーランド、ロシアからドイツ系男性を徴兵したすこぶる錬度の劣る兵士であると主張されていた。
 映画はまるで〈栄光〉の上陸作戦を毀損しているのだった。
 たとえドイツ軍 の装備が劣っていようと敵前上陸は守る側の数倍の犠牲が伴うものだ。それこそ特攻なのである。スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』ではその攻める側の消耗の激しさを、遺族がみたら目を覆いたくなるようなリアリズムで描いていたし、ロバート・キャパに、従軍カメラマンとして不滅の栄光を与えた、特攻する連合軍兵士の眼となって撮られた一連の写真でもその苛烈さはあますところなく証言されている。
 しかし、何故、6月6日、いわゆるD-dayの戦闘をわざわざドイツ側の視点から、ドイツ兵士の物語として、この映画を撮ったんだろう、撮る気になったのだろう、資金が提供されたのだろう、と素朴な疑問がつぎつぎと湧いてくる。B級戦争アクションと書いた。ならば、この程度の作品にノルマンディの浜で一度も引き金を引くこともかなわずに倒れ ていった親世代の 栄光を斜から見下ろすような映画をつくる必要があったかと思う。そして、米国はもとよりドイツで公開されても、ドイツ大衆が歓迎するとも思えない。私には非常に不合理な作品に思えてならない。妙な立場の映画であると記憶しておきたい。
▽2011年・102分。

映画の地球  Antifaとウェーザマン、米国の混迷のなかで 映画『ランナウェイ』 ロバート・レッドフォード監督

映画『ランナウェイ』ロバート・レッドフォード監督・主演・製作

f:id:cafelatina:20170920055340j:plain トランプ米大統領が有力候補として共和党の予備選を勝ち抜いていた時期かた極右派のあらたな台頭があった。それは旧来の白人至上主義を標ぼうする勢力を表舞台に引き出すかたちで急速に勢力を拡大してきたことは読者も良く知るところだろう。そして、そうした極右派へのカウンターとして、暴力を厭わない匿名の集団、日本では黒い衣装で顔も覆った集団として印象づけられているがAntifaを名乗る極左派ともいえる勢力の台頭を促した。米国は混迷を深めていることだけは確かだろう。

 Antifaの過激性をみていて私はベトナム反戦運動の昂揚期に米国社会に衝撃を与えた極左グループ「ウェザーマン」のことを思い出さないわけにはいかなかった。そのウェザーマンの活動家たちが高齢者となっている時期を描いた映画『ランナウェイ』のことを思い出した。以下は、だいぶ前に書いたものだが、あらためて掲載したいと思った。
 
 昨秋、ハリウッドを代表する俳優兼映画監督のロバート・レッドフォードが俳優からの引退を発表した。なんとなく、そんな予感を覚えさせたのが本作『ランナウェイ』における山林を走る心もとない足取りをみてからだ。それは渥美清さんが最後の「寅さん」映画でみせた動かない、腰を降ろしたシーンの多さをみたときに覚えた潮時のカットであった。
 レッドフォード、今年80歳になると思う。近年の映画への関わりを観察していると、映画を通して自分の生きてきた時代を批評しておこうという姿勢が顕著だったと思う。
 本作は2013年の作品だが、レッドフォードが主演、監督、制作の三役をこなした最 後の作品となるだろう。
 米国政治史のなかでいまも全貌が明らかにされているとは思えない過激派集団「ウェザーマン」。米国富裕層の出身の高学歴の子弟たちによって組織されたテロ集団だ。これを真正面から取り上げたということで注目せざるえない。
 米国で「ウェザーマン」を扱った映画が他にも撮られているかも知れないが、日本で公開されたのは本作のみだろう。レッドフォードの「ウェザーマン」に対する評価はけっして否定的なものではないように思える。はっきり主張しているわけではないが、ベトナム戦争後期の時代の熱狂が必然的に生み出した良心的なインテリの若者たちが活動を推し進めた結果、自らの生命を賭して過激化せざるえなかった。権力に追いつめられた彼らは地下活動を強いられるなかで、より少数精鋭主義に走り、やがて許されるべきではない爆弾テロを選択していった、という必然の流れがあっただろう、とレッドフォードはみているようにも思うのだ。でなければ、彼の映画人生の最晩期でわざわざ本作を制作した動機が弛緩するからだ。
 当時、米国は徴兵制度下にあった。ベトナムに介入すればするほど若者の死を生み出して いた状況のなかで反戦運動は若者自身が生き残るための切実な闘争であった。そうした若者の切実な声が次々と政府によってつぶされてゆくなかで、「ウェザーマン」は遵法闘争を捨て武装闘争に入ってゆく。彼らの敵は政府であり企業家であり、資本主義との戦いであった。キューバ革命の英雄チェ・ゲバラが「ウェザーマン」のメンバーにニューヨークで、「この国で革命を、冗談は止せ」笑止、と諭されたらしいが、血気にはやる若者たちには通用しなかったようだ。 
 やがて、映画の発端となる活動資金を工面するため銀行強盗を慣行し、その過程で守衛を殺害してしまう。この事件によって「ウェザーマン」のコアな活動家たちはFBIの追及を逃れ、地下に潜伏、それは約30年の長きにわたった。
 彼、彼女たちは本名を捨て他人に成り代わって生活していた。その一人、女性活動家が闘争生活に疲れ自首したことによって潜伏中の全国に散っていた「ウェザーマン」たちの生活に波風が立つ。その余波を受けたひとり、いまは地方の穏健な弁護士を稼業とするジム・グライド(ロバート・レッドフォード)がいた。
 アクティブであった元活動家たちはみな初老に入っている。深く刻まれた皺にながい逃走生活の悔恨そのものが象徴されているようだ。
 ジムは、かつて同志であった女性と恋愛関係にあり、ふたりのあいだに女児がいた。その娘探し、そしてその母親探しも本作に奥行を与える要素になっている。
 哀しいかな人はみな老いる。自分たちの闘争すら大学の現代史の講義のなかでかろうじて生きる叙述となってしまった。学生たちは〈伝 説〉として興味深く聞くだけで、もはや「ウェザーマン」の主張に耳を傾ける者はいない。元活動家たちも成長する子どもたちの未来を思えば自ら旗印を下げるしかない。ということを言葉で直裁に語ればなんの説得力ももたないことを、老いた元活動家たちの生活をみせることで説得力をもたせている。各世代の葛藤として「現実」をそれぞれが問題を直視するとき、そこに感動の発芽がある。
 レッドフォードは、オリバー・ストーン監督とは違った視点から米国現代史をみているように思う。
 
 Antifaたちの活動の激化とともにまた米国ではウェザーマンの活動が再検証されるような気がする。これを制作した時期、レッドフォードはAntifaなどという組織が出てくるとは夢想だにもしなかっただろう。t

映画の地球 スポーツと映画 1

スポーツと映画
 カーリング主題 『シムソンズ』(2006年)、『素敵な夜、ボクにください』(2007年)
 
 映画の効用の一要素に楽しく、興味津々、観客を飽きさせず、まだ広く認知されていたないスポーツ競技のルールや、当該競技に掛ける選手たちの思い、発情、苦労、あるいは競技をめぐる家族や友人、社会の関わり、認知度などを90分前後のなかで収めてくれるありがたさだ。退屈なルールブックなど開く気にならない人も映画ならナガラ的に勉強させてくれるところが非常に我が輩には最適なツールである。
 日本人がカーリング、という冬のスポーツがあることをなんとなく認知したのはビートルズ最盛期の映画『ヘルプ!』に登場したことだろう。たぶ ん、なんだアレは、という雰囲気であったと思う。そのストーンを滑らすビートルズの面々も手にするのがはじめてという感じて、競技に興じるというのではなく、まったく不真面目に遊び呆けているという感じであおれは描かれていた。だから、映画をみたひとも記憶の片隅にしばらく留めたけれど、やがて忘却されたということだろう。
 それがにわかに日本でも脚光を浴びたのは、1998年長野冬季オリンピックに開催国特権で全日本選抜女子チームが出場し、TVで実況中継されてからのことのようだ。当時、中米グァテマラにいたから筆者にはまったく臨場感はないがニュースではみていた。中米諸国では冬季はおろか夏季オリンピックへの関心もほとんどない。中米地域で関心度が少し高いの は、かつて主催したことのあるメキシコぐらいだろうが、それも首都圏ぐらいだろう。1966年に開催したときのモニュメントは数多くいまも遺るが、フツーのメキシコ人にとってサッカーW杯を二度、主催したことの方がはるかに重要なメモリアルである。メキシコ最大の収容人数を誇るメキシコ市南部のアステカ競技場も、五輪のために建造された創建時13万を収容した巨大スタジアムだが、ここも2度のW杯の決戦の場として記憶されている。
 閑話休題。長野大会ではじめて公式種目となったカーリング北日本地方に向いたスポーツとして認知されると、たちまち幾つもの同好会、クラブなどが族生したようだ。しかし、それも日本の経済力という後押しがあったからだろう。冬季スポーツは 例外なく練習施設そのものに大変、金がかかる。経費が掛かるだけでなく自然を著しく毀損することが多い。
 さて長野大会でカーリングもなかなか面白い、北国ではとっつきやすいスポーツと思われてしまった(と否定的に書いているのではなく、とっかかりは得てしてそんな動機からだ)。
 日本の2本のカーリング主題の映画は、それぞれ動機が少々、いかがわしい、と言って悪ければ、安易な踏込みから始まる。

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シムソンズ』は、2002ソルトレイク大会に出場した実在の女子チームをモデルとして青春ドラマに仕立てた、やわらかいスポ魂ドラマ。北海道常呂町の女子高校生たちがルールも知らずにストーンを氷上に踏み出すところから描かれている。しかし、この映画、女子 高校生たちの話ということで、スクリーンに若さが弾けるのは良いがうるさい。『素敵な夜……』もそうだが、まったくの素人が競技にのめり込んでゆく過程が描かれることで、観る側もともにルールを把握し、競技特有の練習方法や苦労があることがつまびらかにされて、その点、なかなか教育的効果がある。しかし、それが少々、解説調になってしまう分だけ、アート性、いやドラマ性は損なわれるわけだが、もとよりそんな高尚な時点から撮られていないので、そのあたりは不問。

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 『素敵な夜……』などは、かなり動機が不純。売れない女優いづみが、韓国の人気俳優と錯覚して一夜を共にしてしまう、というところから話がはじまるのだ。その韓国人はカーリングナショナルチームに迎えられる ほどの実力者だったという大変、ご都合主義的、安易な設定から、いずみがカーリングへののめりこんでゆく発条となる。監督は、『櫻の園』『12人の優しい日本人』を代表作とする実力者となっているが、『素敵な夜……』では馬脚を露呈しているとしか思えない。だいたい『櫻の園』は木下恵介の往年の名作『女の園』に啓示を受けたものだろうし、『12人の……』は誰が見たって社会派の名匠シドニー・ルメットの『十二人の怒れる男たち』の翻案だろし、いいとこ取りの監督という評価しか献上できない。たぶん、韓流ブームとかの影響圏から韓国の人気男優キム・スンウが採用されたのだろうが、あまりにも安易な物語。ただし、カーリングという競技への理解だけは確かに深まるのであった、オワリ 。
シムソンズ』(佐藤祐一監督・2006)は、2002ソルトレイク大会に出場した実在の女子チームをモデルとして青春ドラマに仕立てた、やわらかいスポ魂ドラマ。北海道常呂町の女子高校生たちがルールも知らずに、やろう、と踏み出すところから描かれている。しかし、この映画、女子 高校生たちの話ということで、スクリーンに若さが弾けるのは良いが少々、うるさい。『素敵な夜……』もそうだが、まったくの素人が競技にのめり込んでゆく過程が描かれることで、観る側もともにルールを把握し、競技特有の練習方法や苦労があることがつまびらかにされて、その点、なかなか教育的効果がある。しかし、それが少々、解説調になってしまう分だけ、アート性、いやドラマ性は損なわれるわけだが、もとよりそんな高尚な時点から撮られていないので、そのあたりは不問。野球やサッカー映画などはルール説明などするシーンがない分、ドラマ性を追求して澱みないわけだ。
 『素敵な夜……』(中原俊監督・2007)のカーリングに手を染める動機はまったく不純。売れない女優いづみ(吹石一恵)が、韓国の人気俳優と錯覚して、リタイヤしたカーリング選手(キム・スンウ)と一夜を共にしてしまう、というところから話がはじまるのだ。その韓国の青年はナショナルチームに迎えられる ほどの実力者だったという大変、ご都合主義的、安易な設定から、いずみがカーリングへののめりこんでゆく発条となる。監督は、『櫻の園』『12人の優しい日本人』を代表作とする実力者となっているが、『素敵な夜……』では馬脚を露呈しているとしか思えない。だいたい『櫻の園』は木下恵介の往年の名作『女の園』に啓示を受けたものだろうし、『12人の……』は誰が見たって社会派の名匠シドニー・ルメットの『十二人の怒れる男たち』の翻案だろう。いいとこ取りの監督という評価しか献上できない。たぶん、韓流ブームとかの影響圏から韓国の人気男優が採用されたのだろうが、あまりにも安易な物語。ただし、カーリングという競技への理解だけは確かに深まるのであった、オワリ 。

これから公開  映画の地球 『ル・コルビュジェとアイリーン ~追憶のヴィラ』メアリー・マクガキアン監督

ル・コルビュジェとアイリーン ~追憶のヴィラ』メアリー・マクガキアン監督

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 ル・コルビュジェにしてもアイリーンしても劇映画のなかで描かれるのをみるのはじめてだ。その意味では映像化を試みたスタッフ、キャッストに敬意を表したいし、20世紀を代表するインテリア・デザイナー、アイリーン・グレイの仕事と思想を理解する上で好古の資料を提出してくれていると思う。そう、本作はアイリーンの映画であって、ル・コルビュジェは添え物といっていい。
 しかし、日本の配給・宣伝スタッフは、本作で利潤を得ようと苦心してル・コルビュジェの名を巻頭に出した。まるでル・コルビュジェが主人公のように。けれどアイリーンの映画であ る。おそらく、上野公園の国立西洋美術館ル・コルビュジェの作品として世界文化遺産に登録されて間もないという時機を横目にくだんのタイトルを翻案したのだろう。それを批判はしないが、原題は、「願望の対価」といった大変、哲学的なもので。これでは客は呼べないと判断したのも了解できる。
 日本ではル・コルビュジェの関係書はたくさん出ている。しかし、アイリーンとなるとたった一冊あるきりだ。それも全貌を懇切に紹介したとは思えない光琳社出版から出た薄い20世紀デザイナー・シリーズの一巻があるのみだ。それも少部数で現在は古書としてしか出回っていないことを思えば、宣伝塔の役割をより高名なル・コルビュジェの名で立てないと致し方ないと判断したのだろう。
 光琳社の本の表紙は、サザ ビーかクリスティーズであったか、20世紀に造られた家具として最高額で落札された椅子がレイアウトされている。
 そして、映画はその椅子が落札されるオークション会場の場からはじまる。映画は、これほどの金額で落札された椅子を作り上げた独創的なインテリア・デザイナーだったとまず宣明する。アイリーンを知らない観客も、高額落札をみて、「ほう、それほどのデザイナーか」と感心する。そういう仕掛けを作って、映画は語りはじめるのだ。少々、あざとい手法だが、それも本作では有りか、と思う。
 しかし、物語の眼目は、アイリーンと当時、愛人であり仕事のパートナーであった建築ジャーナリストのジャン・バドヴィッチとともに住み、ともに独立して仕事をする家として建てられた別荘「E1027」にまつわるエピソードが主題だ。
 その別荘は一時期、ル・コルビュジェの作品だと信じられて時期があ った。それほどル・コルビュジェが主張する建築理念を象徴化したような作品、建物であったからだ。しかし、事実はアイリーンがル・コルビュジェの思想に影響されながら独自に造形化したものだった。当時、ル・コルビュジェは自分の思想を実際の住居としてはひとつも実現していなかった。アイリーンが先行して実現したことに嫉妬していたはずだと映画は主張する。だから、その別荘にル・コルビュジェは自分の手が入っているのだと主張するかのようにアイリーンの嗜好にそぐわない壁画を描き込む。それはアイリーンのプライドを逆なでする行為であった。・・・ということが語られている作品である。サブタイトルの「ヴィラ」とは、そんな逸話をもつ「E1027」のことである。
 20世紀の建築史、デザイン史上におけるふたりの才能は尊重はすれるけど、西洋美術館をみて、「あれが世界文化遺産 」というなら、わが日本にはいくらだって後世に残すべき優れた匠たちの手わざを象徴する古建築が日本列島各地に残っていると言いたくなる。原型に近い古建築すべてを、文化遺産にしてほしいと思うぐらいで、今更ながらにユネスコの価値基準の西欧水準に鼻白む。映画にそれなりの理解をもって接しながらも、何か釈然としない私のなかの純日本人としての反発があった。むろん、ル・コルビュジェの建築思想が20世紀という時代を象徴するように世界大として広がったことの優れた例証として西洋美術館があるというのはわかるが、しかし、同美術館所蔵の一群のロダンの彫刻、ギャラリーのなかの多くの絵画より優れているとはいささかも思えない。
 ▽10月、東京・渋谷Bunamuraル・シネマで公開。

映画の地球 ラテンアメリカの映画 10 プエルトリコの独立問題を扱った映画『テロリストを撃て!』

プエルトリコの独立問題を扱った映画『テロリストを撃て!』
テロリストを撃て
 プエルトリコの“良心の囚人”オスカル・ロペスのことを先日、書いた。大半の読者がロペスの存在を知らなかった。

 ラテン音楽ファンには、リッキー・マルティンを筆頭にたちまち両手の指がおれるほどの歌手を数えることができるだろう。往年のラテン音楽ファンならトリオ・ロス・パンチョスの創設メンバーにプエルトリコ出身者がいたことを想い出すかも知れないが、プエルトリコの政治となるとまったくの白紙といって良いだろう。
 数日後にノーベル平和賞の発表があるが、ロペスが受賞してもおかしくない。たぶん、候補者の一覧表に彼の名前も記載されているのだろう。
 ロペスのことを書いたり調べたりしている頃、プエルトリコの債務問題は緊急課題として俎上していた。そして、原稿が活字になるころには事実上のディフォルト(債務不履行)に陥った。米国にとっては地方自治政府の経済破綻となるが、財政援助を行なうことはないだろう。かつて自動車の“都”デトロイトが破産したときも連邦政府は助言はしたが救済措置はとらなかった。プエルトリコが州ではなく自治領であるため連邦破産法は適用されないから問題は深刻だ。そして、プエルトリコの独立派は、この経済危機という“好機”を利用して、その声を高くすることもできない。何故なら独立はさらなる経済負担を強いることになるのは明白だから、おいそれとはできない。独立しても、債務を支払う義務は消えないからだ。カリブの小国ハイチは、独立 と引き換えに巨額の債務をフランスに支払いつづけ、今世紀まで最貧国の汚名を強いられた。革命ロシア政府はロマノフ帝政時代の債務を西側諸国に返済しつづけていた。確実にいえることは、米国本土への出稼ぎ者がさらに増大するということだろう。観光も、キューバが米国と国交正常化の道を進むなかでビジネス規模は縮小していくだろうから、先行きは不透明だ。

 プエルトリコの経済問題を課題にするつもりはなかった。ここで書きたいのは、ロペスが活動していた時代のプエルトリコを描いた映画がアメリカで制作されているので、それを紹介することである。
 プエルトリコを舞台にした映画や、プエルトリコで制作された映画というのはけっこうあるが日本ではほとんど黙殺、というか関心をもたれない。
 数年前、ジョニー・デップ主演の『ラム・ダイアリー』という佳作があった。1960年代のプエルトリコを描いた映画で、デップは実在した新聞記者を演じた。プエルトリコの自然環境を破壊する米国企業の経済進出を糾弾した社会派作品だったが、これだってデップが主演していなければ日本で公開されることはなかっただろう、という映画だ。
 スペイン市民戦争後、共和派の人びと、そのシンパの多くがラテンアメリカ各地に亡命した。プエルトリコにもやってきた。市民戦争の勃発期にフランコ王党派に暗殺された詩人ガルシア・ロルカを描いた映画が、プエルトリコに亡命した両親のもとで育った青年の視点から撮られている。この日本公開も知名度のたかい詩人の物語だったから実現したのだろう。米国映画ではなくプエルトリコ映画として公開された。制作資金をプエルトリコの経済界が提供していたが、今回のディフォルトの影響をどれだけ受けただろうか。
 そして、もう一遍の映画がここにある。『テロリストを撃て!』。劇場公開はされなかったがVHSでは発売された。むろん日本ではDVD化されることはないだろう、とおもって急遽、紹介する気になった。オスカル・ロペスを理解する資料になるとおもったからだ。

 1978年、プエルトリコ自治領制定記念式典の最中、独立を志向する3人の過激派が放送塔(プエルトリコでは「東京タワー」的存在)を襲撃・・・しかし、それは罠で、待ち伏せする警察隊によって過激派の2人が射殺される、という事件が起きた。
 この事件は、やがて現状維持派ないしは米国の州昇格を志向する自治州知事を再選させることになる。しかし、その仕組まれた“事件”は女性TVレポーター(エイミー・アーヴィング)の活動によって真相が暴かれてゆく。米国映画だが、立場は、明白に穏健独立派、ないしは自治州での権限を独立国なみに高めようと志向する立場に傾斜している。
 製作・脚本は米国人だが、監督はブラジルのブルーノ・パレット。本作の7年後、軍事独裁下のブラジルで起きたリオ・デ・ジャネイロ駐在の米国大使が過激派に誘拐された事件を取り上げた『クワトロ・ディアス』や、さらに日本でも評判になったリオのスラム街の少年ギャングたちの生と死を東映やくざ映画全盛期の深作欣二監督ばりの実録タッチで描いた『シティ・オブ・マッド』などを撮る才能だ。

 プエルトリコ事情が日本ではよく知られていないということで、劇場公開はなくVHSでの発売となったが、冷戦下のカリブ圏でキューバに近いプエルトリコに浸透するキューバの影響というものに米国、ないしはFBIは神経を尖らせていたか、といったことがよく伝わってくる映画だ。レポーターの上司に名優ロバート・デュパル、主都サン・ファンでFBIのエージェントとして働く、映画では悪役となる男に『ラ・バンバ』などチカーノ役をさまざまなキャラクターで演じきっているルー・ダイアモンド、そして人権派プエルトリコ検察官にアンディ・ガルシアなどが配されている作品だから、常識的に考えてもB級映画ではありえない。つまり、米国でも1978年の事件は関心事の高いものだったということだ。
 その事件の文脈のなかでオスカル・ロペスたちの活動があるのだ。ということを知ってもらいたいために敢えてVHS版しかない『テロリストを撃て!』を記録しておきたいと思った。(原題 A SHOW OF FORCE) 2015-10記

映画の地球 ラテンアメリカの映画 9 薄汚れたグリンゴを演じたジョニー・デップ 米国自治領プエルトリコへの問い 映画『ラム・ダイアリー』 ブルース・ロビンソン監督

 映画『ラム・ダイアリー』 ブルース・ロビンソン監督
1009520_01.jpgプエルトリコラム酒に浸りきった日々を過ごす情けなくも薄汚れたジャーナリストの端くれ男ポール・ケンプ(ジョニー・デップ)の蘇生物語。

 今日のプエルトリコ自治政府は破産政府である。ワシントン政府の補助がなければやっていけないカリブの島国だが、ここには米国からの独立を願望する島民が少なからず存在する。そして、独立はしたいが、米国の自治領であることによって経済的恩恵を受けていると信じる現実派が島民の過半数を占め、米国への融合、州となること拒み自治領という地位を選んでいる。

 映画に描かれる時代は1960年、若きジョン・F・ケネディが、ニクソン候補を退けて米国大統領に当選した年だ。プエルトリコはといえば保守派のムニョス知事が米国領自治領の主として座っていた時代。1952年、米国は、「プエルトリコを植民地支配している」という世界的批判をかわすため自治権を与えた。冷戦下、米国は足元を固めるために米州機構(OCS)の結束を高める必要から、域内諸国の批判をかわすために自治権を与えたのだ。物語は自治領となって8年目の首都サンファンを舞台に進行する。

 ムニョス知事は米国本土から企業を誘致、工業化を進めたがインフラの未熟な地ではなかなか根付かず、結局、カリブの美しい浜を米国資本のリゾート地として開発し、観光客を誘致、手っ取り早く稼ぐ方向に流れる。土地は収奪され、農漁村で立ちゆかなくなった島民は米国領市民として、職を求めてフロリダやニューヨークに渡っていった。ミュージカルの古典『ウエスト・サイド物語』はそんな時代の貧しいプエルトリコ・コミュニティーの話だった。

 デップが演じる駆け出しの新聞記者ポールは実在の人物。本国で食い詰めた作家志望の青年が、サンファンのローカル英語紙の記者となって、なんとか喰い次ぎ、やがて小説を世に問いたいと夢想している。しかし、くだんの編集部はまったく覇気がない。新聞は売れず、米国資本の企業の広告収入でやっと経営を維持する、いわゆる“御用新聞“。米国資本の工場が、汚染水を海に垂れ流している事実を知っても記事にはできない。そういうたぐいの新聞だ。

 倦怠と頽廃が重いオリとなってはびこり腐臭をただよわせている。そうした編集部の光景、ポールの仮寓先の場面などはいずれも色調暗く不快な感じを与える。それに反して浜の美しいこと、緑の鮮やかなこと、澄んだ大気の拡がりは素晴らしい。対比があざやかだ。つまり米国人が登場する場面は暗く、プエルトリコの自然は湿度のあかるいハイトーンの色調となる。

 デップに与えられた役は、そうした頽廃の気配のなか、どうにか初心を忘れず平衡感覚維持し、米国資本の不正を暴く記事を書きジャーナリストとしてのプライドを保ちたいというものだが、結局、それも果たせず本土へ撤退するというていたらく。しかし、その反ヒーロー的な主人公こそ、ラテン諸国でのグリンゴのいやらしさ、あくどさ、浅ましさを体現するものだ、と描かれている。デップはそんな米国人のいやらしさを好演する。

 「パイレーツ・カリビアン」などでかっこいいデップを見なれたファンにはあんまり見たくない姿だろう。そうカリブ海コロンブス以来、無法者たちの荒稼ぎの場であった。武勇のパイレーツも所詮、海賊、泥棒、人殺しだ。その泥棒たちは、やがて巧妙に自己保身を謀り、ビジネススーツをスキなく着こなし、パソコンのキーを叩きながら海賊以上に収奪しているのが今日的光景なのだ。

 美しい浜を開発しようと米国人たちが下見するシーンがある。その後背地に米軍の射爆場があって、空気を切り裂いて砲弾が飛び交っている。そう、プエルトリコは中米パナマの広大な米軍基地を失った現在、ラテンアメリカにおける最大の米軍演習場になった。この小さな島国は、その美しい自然とともに沖縄とよく対比される。そして、ともに地に根を張った民衆の反基地闘争が存在する。プエルトリコの群衆が“御用新聞”の社屋にデモを仕掛けてくるシーンなどもちゃんと用意されていて、それなりの時事的臨場感も創られている。この自治領の矛盾を知るにはよき資料かも知れない。

プエルトリコは米国自治領であるが、民族文化はラテンアメリカに連動する。住民の大半はいまでもカトリック信徒は過半数を占める。そして、経済的な実益を考慮しなければ、住民は米国からの独立を目指すという意味で、「ラテンアメリカの映画」のカテゴリーで語りたいと思った。

 2011年制作・米国映画