映画の地球 音楽の気流 そして書籍の宇宙

智慧の水球に揺蕩うように生きてきたわが半生。そろそろ御礼奉公の年齢となったようで・・・。玉石混淆、13年の日本不在のあいだに誉れ高きJAPONへの憧憬を募らせた精神生活の火照りあり。

映画の地球 これから公開  サム・ペキンパー監督『戦争のはらわた』

サム・ペキンパー監督『戦争のはらわた

f:id:cafelatina:20170806053618j:plain 言わずと知れた戦争映画の傑作として名を遺す40年前のフィルム。ことし公開40周年を記念してデジタル・リマスター版で蘇り8月下旬に単館ロードショウが行なわれる。マスコミ試写が解禁、改めてペキンパーの妥協知らずのリアリズム指向の熱気に煽られた。

 技術進歩の著しいアクション映画において戦場の描写はより迫真性を増すなかで古い「戦争」映画はほんの一部を除いて、かつて名作といわれた作品も丁重にお蔵入りしてゆくか、廉価版のDVDとなって懐古趣味の映画ファンのライブラリーとして鎮座してゆくしかない。しかし、本作は「ほんの一部」の例外として熱は失われ ていない。むしろ、エンドロールで次々と映し出されてゆく各地の紛争、内戦のモノクロ写真は、〈戦争のはらわた〉は腐りはせず、ますます腐臭を放って世界各地を覆ってゆくと予見し今日性を失っていないことを了解できる。
 
 戦場シーンのほとんどが旧ユーゴスラビアのイタリアに近い辺境の地で撮影された、とクレジットがあった。撮影時点には予見もできない民族対立、宗教対立の憎悪が発火し、ユーゴスラビア各地は凄惨な内戦を惹起した後、憎悪の下で解体されてしまった。今日、撮影地をクレジットとするならスロベニア共和国ポルトロズとなる。スロベニアは旧ユーゴの解体の劈頭でユーゴ連邦軍と戦火をまじえ最初に独立を果たした小国だ。そして、旧ユーゴ諸国のなかでは最初にEU入りした 。
 映画の舞台は、黒海沿岸の東端タマン半島の前線におけるドイツ軍の前線、と想定されている。攻勢から守勢、やがてロシア戦線から後退につぐ後退の負の連鎖に陥ってゆくドイツ陸軍の激闘記録となる。この頃、日本の大本営はロシア戦線の的確な情報を知らず把握せず、破竹の勢いで戦果をあげてゆくドイツ軍の広報を信じた開戦派の声に押されて対米戦を開始するのだ。
 地を這いつくばって戦いつづける小隊のシュタイナー隊長をペキンパー作品では常連となったジェームズ・コバーンが扮し、戦争の推移を冷静に俯瞰しながら、劣勢のなかでも戦わず得ない時代の過酷な状況を受け入れる兵士の役を好演している。
 原作は当時、ドイツで話題となっていたらしい小説『鉄十字章』。これを映画化できないか 、とドイツでソフトコア・ポルノ映画を制作していたプロデューサーがペキンパーに打診して実現した作品。ドイツ人制作者は、ポルノから本格的な映画への進出を目論見、誰しも才能を認めながらハリウッドの経営陣に干されたペキンパーが乗ったことによって傑作が誕生した。ペキンパーにとって最初にして最後の戦争映画だが、フィルム・ワーカーの才能はやはり尋常ではなかったという例証となっている。
 第二次大戦のヨーロッパ戦線を描いた映画で、鉄十字章はよく見かけるアイテムで、その栄誉賞はヒトラーのナチ政府から授与されるものと思われているかも知れないが、プロイセン時代まで遡るに栄誉の軍功章。ヒトラー 政権によって再定義され、ハーケンクロイツが新たに刻印され、欲しければ英雄的に戦えと兵士を鼓舞する機能を果たした。
 映画ではシュタイナー曹長と、その直属の上官となるシュトランスキー大尉(マクシミリアン・シェル)との確執に「鉄十字章」の謂れが象徴されている。大尉は、プロイセン時代に繁栄をみたらしい貴族階級の出である。戦場ではその力量に階級差は反映しないというリアリズムを掘り下げる。
 曹長は生き延びるための必死の戦闘によって負傷して同賞を得るが、大尉は自身の戦歴に箔をつけるために戦場日誌を偽造してまで同賞を簒奪しようとする。そのあたりの人間の物語が原作の主調音であるらしいし、ドイツ人プロデューサーをして映画化を熱望したところであるようだ。しかし、ペキンパーは、前線で這いつくばって戦いつづける兵隊たちに鉄十字章など一片の防備にもならない、という視 点から描く。
 
 付記となるが、本リマスター版はオリジナル・モノラル版で再生されるが、リマスター化の過程でドルビー化していれば、ペキンパーの追究したリアリティはいや増したのではないかと思った。公開から40年、すでにペキンパーもコバーン、シェルもみな鬼籍に入ってしまった。
 ▽1977年、ドイツ=英国映画。133分。字幕2017年改訂版。