映画の地球 音楽の気流 そして書籍の宇宙

智慧の水球に揺蕩うように生きてきたわが半生。そろそろ御礼奉公の年齢となったようで・・・。玉石混淆、13年の日本不在のあいだに誉れ高きJAPONへの憧憬を募らせた精神生活の火照りあり。

映画の地球 これから公開2 ダグ・リーマン監督 『ザ・ウォール』

ダグ・リーマン監督 『ザ・ウォール』

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 スナイパー(狙撃手)を主人公とした映画は数多い。その系列に特記したいと思える作品が本作だ。
 舞台はイラクの砂漠地帯。建設半ばで戦火のため中断、放置され赤錆びたパイプライン、そして砲撃され崩れ落ち壁だけ残す小学校の残骸。乾いた荒涼たる景色のなかで展開される。
 時は、イラク戦争……フセイン独裁政権はすでに倒れたが、米兵いや友志連合の駐留軍は各所でゲリラ戦を展開する反政府武装組織に対する掃討を展開していた時期だ。
 「ジューバ」とイラク人スナイパーが実在したという。米兵に恐れられたスパイパーで確認されているだけでも37人の米兵が射殺されたということだ。映画ではジューバは単独兵として描かれるが、実在のジューバはスンニ派武装組織「Islamic Army in Iraq」と名乗っていたらしい。スンニ派というからフセイン独裁下で育成された組織だろう。
 本作のジューバは米兵が崩れた壁を遮蔽として這う、そこから1500メートルのどこかに潜んだまま最後まで姿を表さない。映画はジューバに膝を打ち砕かれた米兵アイザックアーロン・テイラー=ジョンソン)のほとんど独り芝居として進行する。ほぼ独演である。舞台作品としていつでも上演可能な作品だ。アーロンの演技は間違いなくオスカーにノミネートされても納得ゆくもの。演出した監督もノミネートされて良い。舞台はイラク戦争下となるが、戦場の極限状況下で露呈する人間の強さと弱さ、心理的な翳りと昂揚を表出した作品として普遍的な価値を持つだろう。
 イラク戦争映画ではいつもCD多用のアクション性が強調されるが 、こうした過酷な一断面を切り取ってみせることも映画の重要な役割ではないかと思う。
 姿を見えないジューバは、米軍から捕獲した通信機を通じて、アイザックに精神的にも追い詰めてゆく設定もよく考えられている。そのジューバは米国に留学した経験もあるということで英語も堪能だが、訛りは消えないという英語を話す。そのジューバが冷酷なスナイパーになったのは、米国から帰還し、学校の教師として次世代のこどもの教育に献身的な活動をしていた時に戦争に遭遇、教え子たちが学ぶ学校が米軍の〝誤爆”によって破壊され、教え子たちが無残に殺戮された現場を見てからという設定だが、そのあたりは映画として詰めがあまいかも知れない。天与の沈着、射撃の素質というものがあったかも知 れないが、短期間で名うてのスナイパーになれるのだろうか、と疑問が湧く。たとえば、ジョン・ジュードがソ連赤軍のスナイパーを演じた『スターリングランド』では、スラブの森林地帯で禽獣を射止める狩人であったという前歴があって、すなおに納得できる伏線があったが、姿をみせないジューバには、彼の言葉しかない。まぁ、そのトランシーバーを通して語られる話もアイザックの精神状態を乱す効果として創出されたものと思えば納得がいく。佳作。
 ▽2017年・米国映画。88分。