映画の地球 音楽の気流 そして書籍の宇宙

智慧の水球に揺蕩うように生きてきたわが半生。そろそろ御礼奉公の年齢となったようで・・・。玉石混淆、13年の日本不在のあいだに誉れ高きJAPONへの憧憬を募らせた精神生活の火照りあり。

映画の地球 これから公開 東欧の映画 1

ポーランド=フランス映画『夜明けの祈り』アンヌ・フォンテーヌ監督

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 〈神〉への畏敬を失くした民族は唯物論の毒を吐き出しつづける。
 第二次世界大戦終結直後のポーランド、ドイツ軍に替わって事実上、ソ連軍の占領下に入った。ポーランド人たちの預かり知らぬヤルタ会談で大戦後の東欧諸国の戦後政治のありようが容赦なく決まった。それは大国の苛烈な武断政策そのものだ。
 ショパンが人類の至宝ともいうべきピアノ曲を創作していた時期、ポーランドはロシアに併呑され、その時期にロシア領となったリヴォフとかチェルノフッイといった古雅な小都市は永遠にポーランドから切り離された。大戦末期、ポーランドは占領ドイツ軍に対し、〝友軍”ソ連軍の加勢があることを楽観的に信じて圧倒的な劣勢のなかで解 放戦をはじめてしまった。しかし、ソ連軍はワルシャワ解放のための進行を意図的に緩めた。ワルシャワ市民はそのため絶望的な戦いを強いられた。クレムリンは、戦後のポーランド共産化を意図して、ポーランドの弱体化をナチ・ドイツ軍に〈託した〉。しかるべきポーランド支配のために、共産主義者ポーランド人はモスクワに温存してあった。いや、ソ連の卑劣なポーランド支配の目論見は、ドイツのポーランド侵攻前から、ポーランドの将校たちを計画的に大量虐殺した。世にいう「カチンの森」事件だ。それは、クレムリンの明確な政策として立案され、あたかもナチの犯罪であるかのように偽装させる周到さであった。
 ドイツ軍が国境を越えてポーランドに侵攻を始めたとき、有能なポーランド将校はほとんど存在しないという状況になっていた。
 そして、大戦後、ポーランドに入っていたソ連軍兵士は、ポーランド婦女 子をレイプしつづけた。侵攻したドイツ領内でのレイプは、ドイツ映画での繰り返し描かれてゆくことになるが、ポーランドでのソ連軍の蛮行を描いたのは、私は本作しか知らないし、少なくとも日本でその蛮行を知らしめる作品として公開されるのは本作がはじめてだろう。
 しかも、ソ連軍はポーランド民族の精神的支柱ともいうべきカトリックの聖域でそれを行った。男性禁制の修道院に軍靴で踏み込み、神に操をささげた「処女」である尼僧をレイプしつづけた・・・・繰り返し。”魂の殺人”の極北だ。
 発狂するものも出る、修道院から俗界へ出ることも余儀なくされるものも出る、そして、望まない妊娠を強いられた尼僧たち。その煉獄に堕された尼僧たちへに寄り添ったフランスの従軍医師の孤軍奮闘の実話であ る。その人の名を、マドレーヌ・ポーリアックという、女医である。彼女自身、ソ連兵にレイプされそうになりながら、幾たびも尼僧たちの出産を助け、心のケアに尽力してゆく。
 戦場に欲望の放埓はあっても神は存在しない、と言われる。厳密にいえば、戦いがすんでも、まだ硝煙くすぶる戦地にあっては、兵士の欲望を律する倫理などか細いものだ。そうしたバーバリズムは現在も進行形であちこちの戦いの場で族生している。
 監督のアンヌ・フォンテーヌは、2009年、シャ-リー・マクレーン主演の米国映画『ココ・シャネル』に対抗して、オドレイ・トトゥを主役に抜擢して、『ココ・アヴァン・シャネル』を撮った女性監督だが、本作では、尼僧たち の錯綜した魂の凍えを繊細な演出で表現した。マドレーヌを演じたルー・ドゥ・ラージュの控えだが芯の強靭さをたたえた演技も素晴らしい。加えて、修道院内の冷えびえとした大気を捉えた撮影監督もまたカロリーヌ・シャンプティエという女性であった。
▽2016年・フランス・ポーランド映画。115分。8月上旬、東京地区で公開後、全国で順次公開予定。